No.30「メタルドローイング」
「ドローイング」に新たな意味

英語の「ドローイング(Drawing)」は美術では本来、フランス語のデッサンと同様に、作品のための「素描」を意味する用語でした。しかし、20世紀後半あたりから、それは線表現一般を指す言葉として使われるようになったのです。作品の下絵や構想図としてというより、線表現それ自体が独立した作品と見なされ、鑑賞されるようになったといってもよいでしょう。たとえ荒削りな印象を与えるとしても、作家の思考や感情の生々しく息づく「ドローイング」に、多くの人々が整った完成作品にはない魅力を感じ取ったからにほかなりません。


金属に刻み込まれた「ドローイング」

しかし、この「東葛クリニック松戸」と「東葛クリニック八柱」の両院にある4点は、見ての通り、鉛筆や木炭、絵の具などで紙やキャンバスに描く「ドローイング」とは違います。作者である1945年生まれの彫刻家・望月菊磨が「メタルドローイング」と名づけたように、それらは真鍮板に工具や莱液などを使って制作されました。


真鍮面の豊かな表情

「東葛クリニック松戸」の2点のうち「CORROSION(腐食作用)」は、向かって右面の腐食したまだら模様が、大地に散り敷く枯れ葉を連想させますし、「CRUMPLING(もみくちゃ)」では、向かって左半分に規則的な格子状の折り目がつき、右半分は反対に無秩序のしわくちゃ状態で覆われています。他方、「東葛クリニック八柱」にあるタイトルなしの作品は、真鍮板の中央に銀色の太い線形をずぶりと引いて、遊泳する魚のような有機的なイメージを誘い出します。対して「GRINDING(研ぐこと)」では、研磨機によって描き出されたくねった細い線形が走っていく炎のようで、ダイナミックなことこの上ありません。「東葛クリニック松戸」の2点が真鍮面の質感や表情の対比の妙を際立たせているとすれば、「東葛クリニック八柱」の2点は線の描き分けの巧みさを印象づけてやまないともいえるでしょう。
ともあれ、これら「メタルドローイング」の随所から、金属の生態を知り尽くした望月ならではのユニークな創意と工夫の跡がうかがえるはずです。


作品解説:
美術ジャーナリスト三田 晴夫