No.19「梟雄」

いうまでもないことですが、絵画はそもそもから平らで、持ち運びのできるカンバスに描かれていたわけではありません。スペインのアルタミラやフランスのラスコーの洞窟画のように、起伏の激しい洞窟の壁に描かれたのが最初ですし、文明が進んでから後も、たとえばドーム状の建物の円天井や陶器の曲面に代表されるように、生活空間の中の平坦でない部分をそのステージとしていました。画家たちが初めてカンバスを使い始めたのは、15世紀のイタリアからですから、気の遠くなるほど長い人類史を思えば、その歴史はたかだか500年程度のものなのです。絵画の変革をめざした彦坂が、あえてカンバスでなく、複数の木箱で作った凹凸のある画面に描いたのも、絵画をもう一度その起源に遡って考え直したかったからではないでしょうか。
病院の2階にある手術室の入口に展示されている「梟雄」は、絵画ではなくシルクスクリーンで刷られた版画です。でも、この作品によって彦坂の”ウッド・ペインティング”(でこぼこの木箱の画面に描かれた世界)が、どんなものかをおよそ知ることができます。彦坂は任意の2点を線で結ぶという機械的な手法を重ねて描くのですが、そこから揺らめく火炎とも踊る群像ともつかないような独特の図柄が生まれました。とりわけ赤が多用されているため、画面は活気に満ちた熱情的なイメージを誘ってやみません。ちなみに「梟雄」は「きょうゆう」と読み、残忍で勇猛な武将や悪党の頭などを指し、古典の戦記物語などでよくお目にかかる言葉です。


作品解説:
美術ジャーナリスト三田 晴夫